1nobuko11月の中半、体調もいいので一時外出で自宅に戻ってきました。

家に着くなり玄関先の植木鉢を寒さに備え、中に取り込み始め2階に上がり、冬の布団を押入れからだし、カバーを掛けました。
それを手伝ったのですが、布団カバーを付けるのが面倒で、毎年季節ごとにこんなことしていたのかと、初めて知りました。

久しぶりの帰宅なので、のんびりしたらと思いましたが、子供の帰宅を待ちながら料理をしました。

腸閉塞になってから、食べられないので点滴になりましたが、入院中も料理のレシピを考えていたようです。

11月25日も一時帰宅の予定で、戻ってきたら子供たちの冬の服を教えれから出そうと考えていたようです。
ところがその前の晩から急激な背中の痛みがあり、帰宅することはできなくなってしまいました。

子供たちのためにも、病気を治したいと願っていたと思いますし、私も良くなるよう思っていました。

昔見たテレビのバラエティー番組(確か志村けんのバカ殿だったか)子供が数人いて、母親が病気で布団に寝ているのですが、「お母ちゃん、腹減った」って泣き始めます。するとお母さんはむくっと起きて、ご飯を作り、子供たちの前のテーブルに置くと、子供たちと父親も喜んで食べ始め、お母さんはまた布団に入って寝るのです。それで、子供たちが食べ終わると、お母さんは既に息を引き取っているバラエティーなのですが、子供たちのためにも生きたいと、元気になって欲しいと願うのは、それでいいのかとわからないまま、今日に至っています。

「生きてりゃいいさ、生きてりゃいいさ」というのが、私のあるいは伸子もエネルギー源としていたのかもしれません。

伸子が彼女自身のこの世に存在した意味のようなものを考えたとき、色即是空・空即是色 無の世界とか魂の世界から生命が発生したとしたら、どうすればいいのか。

古くなった着物を脱ぎ捨てるように元の魂の世界に戻るとしたら、魂の高まることができたらいいなと思ってきました。

同時に病気の本質が目に見えるものだけでなく、目に見えない意識の領域・無意識・潜在意識(病は気からも)があるとすれば、意識が理解できれば、体も良くなってくるのではないのかなと思ってきました。

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